1422年、生後9ヵ月のヘンリー5世の遺児ヘンリー6世がイングランド王と併せてフランス王に即位した。ヘンリー6世はひ弱で精神を病んでいたと伝えられているように、その治世は一生を通じて有力者や勝気な王妃マーガレット・オブ・アンジューによって左右された。
フランスではシャルル7世がイングランド軍を追い詰め、1453年10月19日、イングランド軍最後の拠点であったボルドーを攻め落した。その後イングランド勢力による反撃が試みられたが、小競り合い程度であることから、これをもって百年戦争は終結したと見做されている。
百年戦争の敗戦によってヘンリー6世の権威は完全に失墜し、イングランド国内は再び混乱に陥った。実力者であったプランタジネット家傍流のヨーク公リチャードの勢力が日増しに拡大し、無能なヘンリー6世とフランス貴族ヴァロワ=アンジュー家出身の王妃マーガレット、あるいはヘンリー6世の廷臣に憎しみを持つ者は、ヨーク公リチャードをイングランド王に推戴する動きを始めた。
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ランカスター朝の始祖ヘンリー4世が民心の支持を失くしたリチャード2世を廃して即位したように、民心を失ったヘンリー6世にも、ヨーク公リチャードとの間に王位の正統性を巡る問題が発生したのである。ヨーク家とランカスター家は、ともにエドワード3世の血を引く家柄であった。
ヘンリー6世支持のランカスター派とヨーク公リチャード支持のヨーク派は対立を深め、1455年に(第1次)セント・オールバーンズの戦いで両派間に火蓋が切られた。以後30年間、謀略渦巻く血みどろの内戦がイングランド国内でくり広げられる。